リレー物語 Advent Calendar 2016

これはAdvent Calendar 2016にて行っているリレー小説の断片です.

     第十章 後昵談


 腕時計の針を見ると午前三時がもう終わろうかというほどの時間であった。僕の愛用している腕時計は文字盤が無駄にたくさん付いているクロノグラフと呼ばれるものであるため、その日の日付や曜日まで腕時計のみで知ることができる。そしてその無駄にたくさん付いている文字盤のひとつは二十五を示していた。どうやら今日は世間でクリスマスと称される特別な日らしい。学生諸君のクリスマスと言えば、恋人や友人同士と集まって賑やかに過ごすのが一般的なのかもしれない。しかし、あいにく今日の僕の予定は真っ白である。たられば論を展開するのはいささか不快であるが、それでもやはり、今月初めから始まった一連の事件さえなければ、僕も充実したクリスマスを送れていたのではないかと思ってしまう。
そんな僻みにも近いことを考えているうちに目的のコンビニにたどり着いた。
変な時間に来てしまったため店内には誰もおらず、『がらんどう』という名詞をそのまま空間に映し出したような雰囲気であった。
この時間帯ならさすがに週刊誌の陳列は終わっているだろうと思いながら雑誌コーナーに向かう。しかし、驚くことにこちらの店舗にも一冊すら週刊誌が置かれていなかったのである。
何かがおかしいと雑誌コーナーで腕を組んで考えていると、再び腕時計が目に入る。
「!」
この瞬間僕は全てを理解した。
自分でも自らの愚かさに口がにやけてしまう。
意図せず視界に入り込んできた腕時計の片隅には、アルファベットで(Sun)と記されていたのだ。
後先考えずに動いてしまうことの恐ろしさを僕はこの一か月で痛いほど学んだはずなのに、また同じ過ちを犯してしまった。
「はあ……」
大きなため息をひとつ吐き、この店舗でも懲りずに肉まんを購入して立ち去ることにした。
レジの辺までに足を運び、十数種類もある何々まんをひとつずつ確認する。最近はチーズが入ったものやチョコが入ったものなど本当にたくさんのレパートリーがあるらしい。どれにしようかと悩んでいると、珍しく僕以外の客が店に入って来たようである。ふと入口の方に目を滑らせる。
そこには猫田さんが立っていた。
「!」
ものの数分という短い時間で二度もエクスクラメーション・マークが飛び出るような体験をしてしまった。しかし二度目の驚きの方が明らかに大きい。フォントサイズで言えば20pt以上差があるのではないかというほどの驚きである。
あの事件が収束して以来、猫田さんと会うのはこれが初めてだ。今回はこの場所での集合を約束していたわけではないので、知らぬ顔で通しても良かったのだが、猫田さんがそれを許してくれなかった。
「戸村君、久しぶり」
「やあ、猫田さん。久しぶり。と言っても一昨日も会ったよね?」
「戸村君とは、最近ずっと一緒にいた気がする、から、一日、会わないだけで、久しぶりに感じちゃったの、かな」
確かに猫田さんとは、ここ最近ずっと同じ時間を過ごしていた。良くも悪くも。
「そうだね。猫田さんから声を掛けて来てくれたってことは僕に何か用があるの?」
「これと言って、あるわけじゃないけど、久しぶりに会ったから、少しお話したくて」
「だから久しぶりじゃないって。立ち話も何だし、近くのファミレスでも行くかい?」
「うん、行く」
僕は肉まんの購入を諦め、猫田さんとファミレスへ向かう。
事件はひと通り解決しているため、これからの話は後日談ということになるのだろう。
「猫田さんとよく話すようになったのって、あの日の夜からだよね。昼休み唐突に猫田さんが現れたあの日。」
「そう、だね」
「あのときの猫田さんはもっとこう目をギラギラさせてて、今より幾分も好戦的だったよ」
「そう、かな」
「そうだよ」
僕はこれまでの猫田さんを思い出しながら言葉を続ける。
「それにだいぶ話しやすくなった。角が取れたっていうか肩の荷が下りたっていうか、そんな感じ」
「そう、かな」
「そうだよ」
他愛のない会話を交わしているうちにファミレスに到着した。
午前四時に同級生の女の子をファミレスへ誘うのは自分でもどうかと思うが、猫田さんとあの事件のことを話すならゆっくり腰を下ろせる場所が良いだろう。
とりあえずドリンクバーを二つ頼んで店内の一番奥の席を陣取る。
「戸村君、あのね……」


    ●   ●


 気が付けば二時間以上も話し込んでしまっていたらしい。
あれからお互い三、四度ドリンクバーのおかわりをはさみ、あの事件について順を追うように話し合った。十二月一日から始まり、二十二日の終業式、そしてその翌日の事件解決日とされる二十三日のこと。こうして話していると、もう遠い昔のことのようである。
話の途中、耳を塞ぎたくなるような自分の失態も多々話題に上がったが、話し終えてみると意外にも心の中がすっきりしていた。そして何より、それまで自分の感情を外に出すのが苦手だった猫田さんの笑顔が何度も垣間見えたので、こうして話し合いの場を設けた甲斐があったと思う。週刊誌の発売日を間違えていて良かった。自分の後先を考えない行動もたまには役に立つのだな、と自分の性格を少しだけ受け入れられた気がした。
女の子をこれ以上長い時間引き留めるのは良くないと思い、話をまとめに入ると猫田さんがこんなことを切り出してきた。
「今日、時間ある?」
僕は予定を確認するそぶりを見せる。確認するまでもなく真っ白なのは分かっているのだが、少し見栄を張りたかったのだ。
「えーっと、今日は何もないけど何で?」
「……」
少しの沈黙の後、猫田さんは照れくさそうにこう言った。
「みんなで、クリスマスパーティーしたい、今日」
僕は驚きを隠せなかった。あの猫田さんがこうも積極的な行動を取るなんて。驚愕のあまり咄嗟に返事を返すことができなかったため、その空白の時間に不安感を覚えたらしく猫田さんが続けて言葉を発する。
「だめ、かな?」
「だめじゃないよ!むしろウェルカム!」
慌てた返事に声が上擦ってしまって恥ずかしかった。
「ふふっ」
またもや猫田さんの微笑。まるで別人であるかのように表情が豊かになったなと実感する。
「仲いい奴ら何人か誘ってさ、ぱーっとやろうよ。きっと盛り上がると思う」
「西口先生も、誘いたい」
「それなら沢木も誘わないとな。あいつ最近、僕が西口先生と少し話しただけでキレるんだよ。」
「あと、かなちゃんも」
「うん、そうだね」
今度は変に間を空けずに答えることができた、と思う。
「何にせよもう朝の六時半だよ。今回はここでお開きにして準備は午後からにしよう」
「うん。そう、だね」
ドリンクバー代だけなので一応男として料金はすべて自分が持とうと思ったのだが、猫田さんに強く拒否されてしまい、別々で勘定を済ませることとなった。
猫田さんを家まで送るという提案も同じく拒否されたため、店の外で軽く別れを告げてひとり帰路につく。
胸の辺りがむず痒く、下腹の辺りがわくわくしてくるのを感じた。
身体中から喜びが沸き上がるような感覚であり、それは久しく感じることのなかったものだ。
空を見上げるともうだいぶ明るくなってきている。
「そろそろ日が昇る時間かな」
気付けば僕の口からそんな言葉がこぼれていた。




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