リレー物語 Advent Calendar 2016

これはAdvent Calendar 2016にて行っているリレー小説の断片です.

     第二章 夢幻隙


 まだ暗いのに目が覚めてしまった。
何だか嫌な夢を見たような気がするがもう覚えてはいない。
時計を見ると短い針が数字の 2 の辺りを指している。この暗さで午後二時ということはあるまい。
「ちょっと昼寝し過ぎたかな」
誰に聞かせる訳でもなくひとり部屋でそう呟いた。
さしてやることも思い当たらないため、再び眠りに就こうかと思ったその時、僕は今日が週刊誌の発売日であることに気が付いた。
気分に任せて最寄りのコンビニに足を運んだのだが、そこにはまだ週刊誌が陳列されていなかった。
抜かった、まだ早かったかと思いつつ、何も買わずに店を出るのは少し気が引けるため、肉まんをひとつ買ってそそくさと店を出る。この時期になると、格別美味い訳でもないコンビニの肉まんが無性に食べたくなるのだ。
自分で言うのも何だが、僕は融通が利くタイプではない。一言で言えば頑固なのである。今だって、週刊誌が手に入るまでは家に帰ってやるもんかという気概でいる。後先考えずに動いてしまうこんな自分に嫌気が指したが、これが自分なのだと割り切り、ふらふらとニ番目に近いコンビニに向かう。
さっき買った肉まんの裏の紙を剥がし、規則的にくっ付いた肉まんの薄皮を見つめながらあの日のことを思い出す。
そう、こんなにも頻繁にニ番目に近いコンビニへ向かうようになったのはあの日以来なのである。
あの日だって僕がもう少し融通の利く人間だったら……


    ●   ●


「西口先生って、なんで先生になろうと思ったんですか?」
「もう、恥ずかしいからあんまりそういうこと聞かないでよ」
「いいじゃないですか、教えてくださいよ。僕、西口先生ってあまり教師に向いてないと思うのに、なぜこの職業を選んだのか、すごく気になります」
「大人をからかうんじゃありません。でも誰にも言わないって約束できるのなら……」
僕は、西口先生と他愛のない会話をしつつ、渡り廊下を通って教室棟に向かう。
モヤモヤしたものを全部身体の中心に押し固めて、教室に戻るまでの間だけでも今まで通りの自分を装う。幸い西口先生は自分の話に夢中で、僕の未だ治まりきらない動揺に気が付いていないようである。
ようし、この調子なら今日一日は普通に乗り切れるかもしれない。
自分の教室が近づいてきたところで話半ばな西口先生に別れの挨拶を告げ、五、六時間目は居眠りでもしてやり過ごそう。
「じゃあ先生、僕の教室ここなんで!お話はまた改めて聞かせてください。」
「え?五時間目は私、戸村くんのクラスで授業なんだけど?」
「え?」
自分の中で完成していた今後の計画が一瞬にして崩れ落ちた。
「戸村くんさっきから少し様子がおかしいわよ。私が話している最中もずっとぼーっとしてたし。やっぱり特別棟で何かあったの?」
西口先生の何かあったの?という言葉は僕の想像である。
実際は、先生が言葉を言い終える前にその場を駆け出していた。
さっきの西口先生との会話は取り消しだ。ここまで機敏に生徒の変化を察知できる人間が教師に向いていないはずがない。
それとも僕の様子が馬鹿でもわかるほどに異常だったのか?
今はそんなことどうだっていい。
気が付くと僕は、荷物も持たずに校門まで来ていた。
あーあ、これでもう公になるのは時間の問題だろう。
この日僕は、生まれて初めて学校をサボタージュした。


    ●   ●


 少し落ち着いた僕は、朝来た道を反対向きに歩きながらこれからについて考えていた。
しかし、一朝一夕で答えが出るはずもない。
そんなに簡単な問題ならば、僕はここまで悩んでいないのだ。
数百メートル歩いて考えたところで、僕はもう答えを出すことを諦めており、脳回路が今日今からどうするかということに移行していた。
どうせ学校から両親に連絡が入るだろうから何時に帰ったって同じなのだが、小さな反抗としていつもと同じ時間に帰ってやろうと思った。また、初めてのサボりを満喫したいという気持ちもあった。実を言うと、こちらの気持ちの方が大きかったのかもしれない。
幸いと言っていいのか分からないが、僕は常時財布をポケットに入れて持ち歩くタイプであったため、お金はあった。
「まずはゲーセンでも行って、コンビニで買い食いして、本屋で立ち読みして、それから……」
この時には、すでに今日あったことなんてすっかり忘れていた。
人の記憶なんてその程度のものなのかもしれない。
僕はまず、ゲームセンターに入り、気になるゲームをひと通り触ってみた。授業をサボってやるゲームはいつもより数倍楽しかった。まだ少し遊び足りない気もするが、小腹が空いてきたのでゲームセンターはここで切り上げ、次はコンビニで買い食いをすることにした。
しかし、自分は学校をサボっている身である。いつも通っている自宅の最寄りのコンビニへ行って、いつもいる店員さんにサボりを見られたくないという感情が生まれたため、少し離れたニ番目に近いコンビニへ向かうことにした。自分でも変な見栄を張っているなと思いつつ、無限にあるように感じられるこの時間を垂れ流しにしながら歩く。
久しぶりに自分が自由であるような錯覚に陥り、ひどく心地が良かった。
数十分歩き、やっとの思いでコンビニに到着したときには、もう身体が芯まで冷え切っていた。
よく考えれば冬真っただ中なのである。
自分は何をしているんだと思いつつ、ホットの缶コーヒーと肉まんを購入する。
こんな寒い日には、格別美味い訳でもないコンビニの肉まんが無性に食べたくなるのだ。
自動ドアの横で、肉まんの裏の紙を薄皮がくっ付かないよう慎重に剥がしていると、突然誰かに声を掛けられた。
「君、そこで何してるの?」
はっとなって顔を上げると、声の主は中年の警察官であった。
一気に血の気が引いていくのが自分でも分かった。
「今、まだ授業中だよね?なんでこんなところにいるの?」
こんな時間に制服姿の子供が買い食いをしていたら目立つのは当然である。
「あっ……あの」
「何だい?」
頭の中が真っ白になり、言葉を発するより先に僕は駆け出していた。
また逃げてしまった。
自分が自由であるという気持ちはやはり錯覚であったらしい。
「おい、君!」
僕はできるだけ全速力で、且つたくさんの曲がり角を曲がって逃亡した。
今日は逃げてばかりである。脱獄囚にでもなった気分だ。
何とか警察を巻いて帰宅することができた。しかし、慌てて自宅に帰って来てしまったため、僕の小さな反抗は儚く幕を閉じたのであった。
「今日は厄日だなあ。」
そう言いながら玄関のドアノブに手を掛ける。
がちゃん
玄関のドアには鍵が掛かっており、僕の掛けた力は作用反作用の法則によってそのまま自分に返ってきた。
いつもより少し早い帰宅に母親が何か言ってくるかと思ったが、僕の杞憂であったらしい。
家の中は静寂に支配されており、食卓の上に置かれているラップをかけられた夕食と、『ごめんね。今日は遅くなります』という母の字の置手紙が少し寂しそうに見えた。
しかし、これで今日学校から電話が掛かってきても、僕のサボりが母に伝わることはないだろう。
そう思うと、安堵の念とともに強烈な眠気が襲ってきた。
いつもならまだ学校にいるはずの時間なのに今日はひどく疲れたような気がする。ゲームセンターでやったゲームは確かにいつもより楽しかったはずなのに、何故か心が満たされていなかった。
「とりあえず着替えて横になろう」
机の上に置いた缶コーヒーと肉まんはすでに冷え切っていた。


    ●   ●


 リリリリリリリリ……

 僕の眠りは電話の呼び出し音によって敢え無く疎外された。
しかし、それは幸運であったと言えるかもしれない。何故なら僕はこの時ひどい悪夢を見ていたからである。夢の中からでも自分がかなりの寝汗をかいていると分かるほどのものであった。案の定、身体がベタベタして気持ちが悪かった。

 リリリリリリリリ……

電話はまだ鳴りやまない。
時計を見ると午後七時前である。
きっと学校からの電話だろう。自分が学校をサボった連絡を自分で聞いても仕方がないため、電話には出ないことにする。

 リリリリリリリリ……
 リリリリリリリリ……
 リリリリ

 ……

電話が鳴りやんでから数分間、僕はもう一度今日の出来事について振り返った。
何度考えてもやはりこれといった答えは出ず、もうどうにでもなれという気分にさえなった。
この後の眠りは不思議と清々しいものであった。





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